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「唐山打人事件」我的觀點    「唐山女性暴行事件」について(下方に日本語あり)



關於「唐山打人事件」,我一直沒有發聲。

不發聲並非不關心,而是憤怒到傷透了心所以發不出聲。

「沒打在你身上,為何如此憤怒如此傷心呢?」

說來確實如此。

可是問題在於:

何時起,人變得如此野蠻?


看到這個視頻,在我心頭浮現的是那個時代。

我的祖母,被來自首都的紅衛兵們用軍用皮帶抽打到半死。還給剃了個「陰陽頭」!

那些年輕人心裡,沒有半點作為人的惻隱和慈悲;

有的,只是必須「念念不忘」的鬥爭。

多少無辜的人,慘死於由同胞發起的這樣的鬥爭。

可是你們有沒有想過,那是真正的「鬥爭」嗎?

起碼對手具有拮抗的能力時,才稱得上鬥爭吧。

明知對手絕無反擊之力,却偏要趕盡殺絕地往死裡打――

這不是鬥爭,而是單方向的虐殺!


唐山打人事件,

絕非嚴懲幾個人面禽獸,處罰幾個庇惡黑官,

正義便能得到伸張那麼簡單。

它照射岀的正是那個時代種下的

以強欺弱以眾辱寡的「戰無不勝」的野蠻習性。

該是作出深刻反思的時刻了。

不然,「文明古國」「禮儀之邦」都只是不戳自破的遮羞布;

十四億大陸將成為與人類文明隔絕的孤島。

「唐山打人事件」に関して、わたくしは今まで一言も発していない。

無関心だから、声を上げていないわけではない。

むしろ憤怒により、心に深く傷ついて声すら出せなかったからである。

「あんたが痛めつけられたわけではないのに、どうしてこんなに憤怒しこんなに傷ついたの?」

そう言われれば確かにそうだ。

しかしわたくしの問題点は、

いつから、人がここまで野蛮になってしまったのか

ということにある。


この動画を見て、わたくしの心頭に浮かんだのはかの時代。


年老いた祖母が、首都から来た紅衛兵どもに軍用ベルトで半殺しまでぶたれた。

あの若者らの心には、人間としての惻隠や慈悲などは微塵もない。

あるのは、「忘れべからざる闘争」そのものだけ。

どれほどの罪なき人が、あの残酷闘争で命を奪われてしまったのか⁈

しかし考えたことはある? あれは果たして本当の意味での「闘争」であったのかと。

拮抗する相手となら、初めて闘争と言えるのではないか?

逆に相手に反撃の能力がまったくないことを知っていながら殺す気で痛めつける――

そんなのは闘争ではなく、一方的な虐殺だ!

唐山打人事件は、

暴行を振るった何匹かの野獣を厳罰し、

悪を見て見ぬ振りした幾人かの権力者を懲らしめれば、

一件落着というほど簡単に解決できるものではない。

事件が映し出したのは

まさしくかの時代に孕み出された

強きを以って弱きを蹂躙する野蛮なる習性であった。

今こそ、深く反省するべき時だ。

さもなければ、「文明古国」とか「礼儀之邦」とかはすべて自己陶酔の嘘に過ぎず、十四億大陸は間もなく人類文明から隔絶された孤島になってしまうに違いない。


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