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四十九日 blog再開 感謝と祈祷 

このblogを放置したまま月日が経ちました。


時々見てくださる方々には大変申し訳ないと思っておりますが、実はこの間に耐え難く痛ましいことが起きました。わたくしの親友、技術的面でこのサイトを立ち上げてくれた田さんが急逝されたのです。悲しみにくれながら、体力と知力の限界に挑むかのように夏の集中講義をどうにか終え少しは安堵感に浸ったところ、今日が田さんの忌明け四十九日であることに気がつきました。


非情なる現実は否応なし受け入れたものの、時々笑いながらすぐ側にいるような気がして忘れることができません。親しい友人の間では偲ぶ会を企画しておりますが、今はここに謹んで訃報に接した日に書いた悼辞を掲載いたし、心よりご冥福を祈りたいと思います。




方寸(ほうすん)乱れ、肝腸(かんちょう)断つ。言葉にならず、ただ謹んで深痛なる悼念を表せん。


親愛なる友よ、万物流転すれども滅びざるは友情のみ。


七月二十一日


満月の夜


驚いて訃報に接し、心は切り裂かれる如くに痛み、つい声を出して泣き崩れり。


君との友情は七年に及び、朝夕ともに過ごすことは無かりしも、芸術をめぐり腹蔵なく語り合い肝胆(かんたん)相(あい)照らす仲なり。


君と余との間に誓約あり:

仕事を退隠して後、共に山水に遊び筆墨丹青を用いて人生を謳歌せんと!


然るに君は数年来愈々忙しく、退隠どころか憩いの時すらも入手し難し。


余は久が原に住みし時、君とは駅を隔て相隣せり。連鑣(れんひょう)して出かける度毎に詩や絵画、酒や音楽に浸り、楽しみて返るを忘れつ。


其の時、病に罹りし恩友のために心身を削りし余に対し、君は常に

「他人のために自分を忘るべからず」

とやさしく諭し慰めたり。然れども当の君こそ人助けを喜びとし、その姿勢を貫くところ遥かに常人を超える故、余は尊敬しつつも幾度か逆に「程々にせよ」と君に願ひしなり


然るに余が志は変わらず、君が性も移らざりき。双方とも変え得ぬことを理解し、顔を見合はせて笑ふのみ。 斯くして繰り返しつつ、友情はますます深まり、信頼はいよいよ揺るぎなきものになりぬ。


二年前、疫病の蔓延する中、余は長年住みし久が原を離れ、北野に移住せり。世を出て、枕石漱流の願ひあり。君は吾が心の孤寂なるを察し、何度も遠路はるばる酒を提げて訪ね来たり。君は酒に弱かりしも、飲君子の哀歓をよく感得せり。古人は「我 酔うて眠らんと欲す 君且く去れ」と歌いし。君との交友もまた、斯くの如き真率なり。


然るに信じ難き事 終に起これり。


親愛なる友よ、

健やか且つ頼もしかりし君が、

友輩に深く愛されし君が、

如何ぞ 斯くも突如に吾等より去りし。

窓外の月は依然として満ちたれど、人間界には既に君は無きなり。


最後に君と会ひしは三月三十一日。君は病を押して吾が家に来たり、直に入院治療を告げたり。


君曰く、姉さんの煮こみ麺を食べたしと。

妻はただちにそれを作り、君とゆっくり食し終え、近くの公園に行きて共に坐す。 其の日、晴天にして風柔らかく、春の気配満ちたり。

二人は春の景色に心躍り、希望に満ちて握手し

「今回治癒せば、俗事を捨て共に山水を巡り、丹青の約束を果たさん」

と誓ひつ。


然るに、其の後数月の間に君は入退院を繰り返し、病状は却て悪化せり。


最後に通話せしは六月十二日。君曰く、治療は意を得ず。疲憊たる声は吾が心を痛めたり。如何に慰めるべきかを知らず、余はただ低い声にて「共に努力せん」とのみ言へり。


六月二十三日、君より三回も無言の音声メッセージを受け取りぬ。入院中の君に電話するを憚り、暫くして今一度君からのチャットメッセージを受け取りし。中にも三回の無言音声メッセージあり。最初のメッセージは四十八秒、二番目も同じく、三番目は六十秒、すべて無言なり。


余は此の時、

「もしや君 助けを求むるやもしれぬ」

と思ひ、大急ぎ君が姉さんに連絡を取れり。姉さん曰く、

「彼はそなたをよく思い、話したしと思へど、力無きなり」

と。 此れを聞き、余は又涙を禁じ得ざりき。姉さんは更に、

「我々は出来るだけ彼に話させず、体力を消耗させぬようにしています。理解に感謝せり」

と言へり。 此れぞ最も親しき家族の情に思ひ、吾は従うしかなかりき。然るに、まさか一月も経たぬうちに君と永遠の別れを迎ふとは!


思ひ巡らせ、悲涙溢れし中、東の空が明るくなりぬ。人生は夢の如く、運命は無常なり。吾が大いなる憧憬は永遠に果たせぬなり。痛ましき哉!


親愛なる友よ、物質の世界にて吾等は君を失ひぬ。然れど魂の世界にて、余は永遠に君と共にあらん。君は天上界、余は人之世。君は光と影と色彩を用い、余は旋律と詩歌を使い、過去と未来の絶えざる循環を穿てば、世界はやがて自由と平和に向かふべし。此れぞ君と余の願う所ならん。


六十歳代に達し、最も悲しく痛ましき事は、至親の骨肉と知己の友輩を失ふことなり。 君は今とわに帰り、夢に非ずんば再び会ふを得ず。たとひ夢にて会へども、目覚めれば益々悲しく黯然たるべけん。


ああ、言葉は尽きるも情は終わらざるなり。此の痛みは君 知るや知らずや。悲しき哉!


荘魯迅 再拝


2024.7.22


同じ旨の漢文悼辞はWeChatのモーメンツにも掲載いたしました。





これからもこのblogを通して、さまざまな観察や思考、時には詩や歌などを発信してまいりたいので、ぜひご覧になった上でご感想とご鞭撻を賜るようよろしくお願い申し上げます。






閲覧数:196回2件のコメント

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2 comentarios


一生幾許傷心事


仏門とはいえないが、言葉はいま、立ち尽くす。無言で、祈りの前で。

誰にもかならず訪れることの前で。


犀の角のようにただ独り歩め。


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荘魯迅
荘魯迅
02 sept
Contestando a

孤独には慣れているつもりですが、友を失うのはやはりつらすぎることです。

コメントありがとうございます。

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