26日(水)は夏休み前の最終講。
今日のメインは杜牧の「漁父(ぎょほ)に贈る」。
26日星期三,是暑假前的最終講義日。說是「最終」,這只對漢詩講座而言。八月上旬,我將正式突入題名為「與中國文學對話」的暑期集中講義😊。所有教材都已完成,並上傳至和光大学Portal。笑曰:書劍皆齊備,只期風雨來。
這天(26日)的主要課題是杜牧的「贈漁父」。原始素材,出於屈原的「漁父」。「漁父」雖短,但展示了兩種絕然不相容的人生態度;給後世文人留下至深的影響和困惑。此後有無數文人借用這個素材,以不同的美文抒發了近乎千篇一律的唏噓呻吟;美則美矣,然意相雷同,經不起玩味推敲。而杜牧却在「贈漁父」中,寄託了他堪稱獨特的思索。
原始の素材を尋ねれば、屈原の「漁父」にたどり着く。それは、中国後世の文人たちの精神世界に測り知れぬほどの影響、あるいは困惑を与えたものだ(困惑とは何かは講義中に)。
プリントの一部を掲載しますので、よかったらぜひご覧ください。
上傳一部分教材,敬請閱覽。
時事に関しても、熱く(?)議論を繰り広げられた。
体の中の熱を冷ますよう、今日は上海っ子の愛飲品ーー「氷鎮薄荷緑豆薏米湯」をみんなで食べた。美味しかった!
課後大家熱議時事,然後以「清熱解毒」的名義祭出了「冰鎮薄荷綠豆薏米湯」,清涼爽口味道不錯😊
炎暑が続く中で、皆さん、お疲れさまでした!
酷暑時節,大家辛苦了!
屈原の漁夫辞は高潔、高邁。端午節の粽やドラゴンボートの由来は
いちおう知っています。その真ん中にあるのが大観の絵。
実はその三点がわたしの中ではバラバラに存在しています。
講義に出ていないのにコメントします。雑感と言いますか。
いまの現実があまりに変なことが多すぎるのと被っているので、
雑な意見になっていますが、読んでください。
屈原が魚に食べられてしまわないように粽を撒いて、ボートを漕ぎ
出して助けようとしたほどに、民衆に愛された大詩人。
それなのに、要らない文化や迷信の文化は必要ないという意見も、
時に耳にしたことがあります。広い大きな国ですからね。
一方、最近ネットで見た写真にぶっ飛びそうになるほど驚きました。
夜空に光り輝く見事なドラゴン。1500機のドローンが龍になって
空を飛ぶ龍船節のショーです。深センだからね、と思いつつ、河から
夜空へ、、、中国的な飛躍の凄さに、絶句しました。
キレイで見事でしたよ。Googleの検索で見ることができます。
屈原はもはや河の中には居ないのでしょうか。
数年前、100機のドローンでも自由自在に攻撃の編隊を組めると
聞いて、なんだか恐ろしいなと思っていたのが、ここまで、、。
自機の位置確認をしながら飛んで、見事な絵となっているドラゴン。
恐るべし。
屈原は世俗の泥にまみれたくない人でした。
そして、今回の洪水では、援助に出動してるよ〜という感じの
地方公務員が、泥の道でキレイな汚れていないクツで行進する様子
が問題に、、。ヤラセ? 一体、どうなっているんだ?
上が動かない時に突出するのは、批判と見做されて危険だから?
考えなくて良い事を考えてしまい、考え過ぎを反省しつつ、ヘンな
様子に気がつかない鈍感さは、すでに、一つの退廃ではないか。
人間性の荒廃ではないのか、激動の世に、それを心配しています。