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生きるために歌い、書く


答えは底知れぬ渦の中 青い縁の眼鏡、魯迅を呼ぶ
青い縁の眼鏡 莊魯迅 2026.9.29 わたくしは うっかり眼鏡を失くした あの いちばん愛した 青い縁の眼鏡を わたくしは講壇に立っていた 魂を抜かれたように ただ 立っていた…… 講壇にひろげた資料 文字たちは ぼんやりと跳ねている 前方もまた 一面の霞に見えた その時 ひとつの声が聞こえた 教室の中で 低く 沈み 厚く 響いた 周囲は 水を打ったように 静まりかえった いったい 誰が病んでいるのか ほんとうの薬など この世に あるのだろうか 魯迅よ おい魯迅 教えておくれ 答えは どこにあるのか 魯迅は 冷やかに微笑んだ 答えなら そこにある 底知れぬ 渦の その中に わたくしは うっかり眼鏡を失くした あの いちばん愛した 青い縁の眼鏡を

荘魯迅
10月2日読了時間: 1分


「武士は食わねど高楊枝」と「宵越しの銭は持たぬ」――『上海人 in 東京』という歌の奥に
先日、自作のアーバン・コミックロック『上海人 in 東京』をWeChatに載せた。 ありがたいことに、いろいろな反応をいただいた。 面白い。 笑ったよ。 楽しい。 おおむねそんな声である。 それはそれで作者としてはうれしい。そもそもコミックロックなのだから、聴いて眉間に皺を寄せられては困る。 ただ、一つ意外なことがあった(そう言いながらも、完全に想定外でもなさそう) 歌詞の中に、わたくしがひそかに埋めこんだ二つの言葉に気づいた人は、ほんのわずかだったのである。 一つは、 「武士は食わねど高楊枝」 もう一つは、 「宵越しの銭は持たぬ」 前者は中国人とて、長く日本に暮らしていれば何となく腑に落ちるーー たとえ貧しくとも、腹を空かせているところを人には見せない。 痩せ我慢と言えば痩せ我慢。しかしそこには体面があり、矜持があり、さらには一種の美学さえあるのだ。 上海人のわたくしにも、これは比較的わかりやすかった。 ところが、二つ目には驚かされずにはいられない。 「宵越しの銭は持たぬ」。 初めてこの言葉を知った時、わたくしはしばし考えた。 ――この惑星の人

荘魯迅
9月21日読了時間: 5分


上海人in東京 上海 東京 淮海路 銀座
十数年前、あるいは二十数年ほど前に書いた歌詞が、昨夏ようやく歌になりました。ライブで何度か歌ううちに、皆さんの笑いと驚きに励まされ、「上海人in東京」という題名も参加者の方々の提案から選ばせていただきました。 主人公は、東京の雑踏を愛しながら、少し強がって生きている「在日の上海人」。 でもこれは、上海人だけの歌ではありません。 日本に住んだことのある人ないし上海に住んだことのある人😀、 異郷の街で腹を空かせながらも平気な顏をして夢ばかり追い続けたことのある人、 そして雑踏の中で誰かの微笑みに救われたことのある人へ―― どうか聴いておくれ。 同じ思いを抱いたことがあれば、ぜひコメントで教えてください。 阿拉上海人(「われら上海人」という意の上海方言)、今日も東京の街角を闊歩する。 数日後になるか、YouTubeにアップする予定ですので、乞うご期待!

荘魯迅
9月4日読了時間: 1分


遠い電波の彼方から――『Country Roads』とわたくしの半世紀
若い日の記憶というものは、不思議なところに棲んでいる。 忘れたつもりでいても、ある旋律が流れた瞬間、幾十年もの歳月を飛び越えて、風の匂いまで伴いながら蘇ってくることがある。 わたくしにとって、John Denver の “Take Me Home, Country Roads” は、まさにそのような一曲である。 まだ中国にいた若い頃、外国の音楽を自由に聴くことのできる時代ではなかった。夜更け、遠い世界から短波ラジオに乗って届いてくる音楽に耳を澄ませた。 電波は決して安定してはいない。 雑音が入り、旋律は途切れ、歌声は遠ざかったり近づいたりする。 それでも、その向こう側には、自分の知らない広い世界が確かに存在していた。 その電波の彼方から聞こえてきた一つの歌が、 “Take me home, country roads.” であった。 英語を十分に理解していたわけではない。それでも、この歌が「帰る」ということを歌っていることだけは、なぜか胸に伝わった。 山があり、道があり、故郷がある。 そして、人はどれほど遠くへ行こうとも、心のどこかに「帰りたい場

荘魯迅
8月22日読了時間: 5分


誕生日 自作漢詩 自由を重んず 文学 音楽
また一つ、誕生日を迎えようとしています。 小さな声で自分に「お疲れさま」と言ってみた―― その舌の根も乾かぬうちに、またひと仕事。長律を一首作りました。 題して、「今無稀自諫」。 日本語と中国語で、それぞれ一度ずつ朗読しています。 ご興味のある方に、気軽にお聴きいただければ幸いです😊 もしも詩を嗜まれる方が、同じ韻を踏んで一首和してくださるなら、これに勝る喜びはありません。 BGM:莊魯迅 オリジナル作品 「月光、故郷、そして心」 https://youtu.be/YNljEQj0438 日本語の朗読、漢語の朗読、そちらが心に響きましたか? 参考のため、拙作をここに掲載させていただきます。 今無稀自諫 莊魯迅 儚月良辰欲賦詩, 回看杳渺路逶迤。 前塵難諫苦遲悟, 後日堪追幸早知。 主義主張非所託, 吾行吾道勿須疑。 文心但慕雲霞侶, 琴魄焉攀富貴枝。 蒼鬢鳴鸞聲尚健, 碧毫飛鳳墨彌奇。 生來最重自由志, 白雪金樽無厭時。 (書き下し) 儚月(はかなづき) 良辰(りょうしん) 詩を賦せんと欲す 回り看る 杳渺(ようびょう)として

荘魯迅
8月15日読了時間: 2分


友よ、いつかは必ずトクマークへ
十八年ぶりの再会と、李白の砕葉への旅 約束の日であった。 JR御徒町駅で下車し、上野の上海料理店「再来宴」に着いたのは、午後六時を少し回ったころである。 女将のみゆきさんが、二階の個室へ案内してくださった。コロナ禍以来の再会であったので、まず会えたことだけでもうれしかった。 しばらくすると、南部さんご夫妻が姿を見せた。 十八年ぶりの再会である。南部さんは、昔より一回り大きくなられたように見えた。もちろん、それは体格のことだけではない。長い歳月をそれぞれの場所で生き抜いてきた人間だけが持つ、落ち着きと厚みのようなものが、そこにあった。 うれしさのあまり、抱擁は必須だ。 奥様を紹介していただき、早速席についた。飲み物はビールと紹興酒を頼み、料理はみゆきさんにお任せした。それでもみゆきさんは丁寧にこちらの希望を聞いてくださり、上海料理が珍しいという南部さんご夫妻に、いくつかの料理を薦めてくださった。 料理はどれも美味しく、南部さんご夫妻にもたいへん喜んでいただけたようだ。 杯を重ねるうちに、話題は自然と多岐にわたった。けれども、やはり中心にあったのはこ

荘魯迅
8月7日読了時間: 3分


サッカーを見て、荘子も老子も泣いた――わたくしのワールドカップ観戦乱談
今回のワールドカップは、初めから全試合を見るつもりだったわけではない。 注目の試合をいくつか眺めれば、それで十分だと思っていた。 ところが、ひとたび見始めると止まらない。笛の音に一喜一憂し、机を叩き、ため息をつき、時には朝の六時半に自然と目を覚ます。試合を見ながら、WeChatに生中継さながらの雑談を殴り書きしているうちに、いつしか紙面ならぬ画面は、汗と涙(?)と感嘆符、そして根拠の乏しい予想で埋め尽くされていた。 その予想のいくつかが後日、文字どおり根拠のないものであったことは言うまでもない。 大会の序盤、メッシが得点したあと、胸の前で十字を切った。 栄光の瞬間にも、敬意と感謝を忘れない。その姿が心に残った。観客席では、美しい妻と子どもたちが抱き合って跳びはねていた。 サッカーが人を感動させるのは、ゴールそのものだけではない。ゴールのあと、選手がその栄誉を、運命や信仰や家族へと静かに返す。その一瞬にも、人の心を動かすものがある。 日本対ブラジル戦では、希望から失意までを一試合のうちに味わった。 前半、日本は一対〇でリードした。...

荘魯迅
7月25日読了時間: 10分


敗北のあとに残るもの――ノルウェーのヴァイキング船を見ながら
冒頭には2秒ほど無音の部分があります。辛抱強く観てくださいね。 忘れがたい一本の動画を、ここに紹介したい。 ノルウェー代表は試合に敗れた。 だが、スタンドのサポーターたちは、怒りにも、嘆きにも沈まなかった。 彼らはなお歌い、雄々しい「ヴァイキング・クラップ」を響かせ、やがて笑顔のままヴァイキング船を漕ぎながら、選手たちへの敬意と愛情を胸いっぱいに載せて、帰途についた。 ネット上には、こんな言葉があった。 「ノルウェーはサッカーには敗れたが、世界の称賛を勝ち得た。」 まことに、その通りであろう。 その光景を眺めながら、わたくしの思いは、いつしか遠くへと誘われていった。 周知のように、ノーベル賞の授賞式は、平和賞を除いてすべてスウェーデンの首都ストックホルムで行われる。 ただ一つ、平和賞のみが、ノルウェーの首都オスロで授与される。 アルフレッド・ノーベルは遺言の中で、平和賞の選考を、ノルウェー議会によって選ばれる五人の委員に託した。 しかし、なぜノルウェーであったのか。 その理由を、ノーベル自身は明らかにしていない。 なぜ、よりによってノルウェーだっ

荘魯迅
7月14日読了時間: 5分


成功と信念の因果 ロマン・ロラン 傅雷 江聲浩蕩 ベートーヴェン
フランス文豪 ロマン・ロラン わたくしは六月二十七日のブログで、「信念 リクエスト ロマン・ロランはお好きですか?」という題のもと、早期のオリジナル曲「信念」を皆さまにご紹介した。その折、フランスの文豪ロマン・ロランの名言にも、かすかに触れておいた。 彼が求めたのは成功ではなく、信念であった。 中国大陸において、七〇年代の文学青年ならば、誰もがひそかにこの書物を読んだものである。全四冊、傅雷先生による翻訳であった。わたくしも例外ではない。 あの時代には、第一冊から第四冊までを順に読むことなど、到底かなわなかった。友人、あるいは友人の友人の手から、そのうちの一冊を借りることができれば、それだけで宝物を得たような思いがした。いま思えば、おそらく二、四、三、一の順であったか、あるいは四、二、一、三の順であったか、ともかくばらばらの順序で、何度も何度も読み返したのである。 文化大革命が終わった後、ようやく初めて、最初から最後まで細かく読む幸運に恵まれた。その時の深い感銘は、今なお言葉に尽くし難い。 「江聲浩蕩……」 傅雷先生がこの四字から書き起こ

荘魯迅
7月9日読了時間: 4分


漢詩を原典で学ぶ 7月期の日程と内容
漢詩を原典で学ぶ・7月期の内容が決まりましたので、案内いたします。 今期は全四回、 それぞれ陶淵明、孟浩然、花蕊夫人、鮑令暉、溫庭筠、杜牧といった、 異なった時代を生きた詩人たちの作品を取り上げる予定です。 田園への思い、旅の孤独、亡国の悲しみ、季節の移ろい、秋の夜の静けさ―― それぞれの詩にこめられた思想と情感を、 原文、書き下し、詩人の生涯、作品が生まれた時代背景、 重要語句の解釈、作品全体の読解を、順を追って進めます。 さらに中国語による朗読を通して、漢詩の響きと韻律の真髄まで味わっていただきます。 ご関心があれば、ぜひお越しください。 初めての方や一度だけのご参加も歓迎いたします。 日程と内容は以下の通りです。 漢詩を原典で学ぶ 2026.7月期 全4回 講師・莊魯迅 7/8 東晋・陶淵明「移居二首その二」五言古詩 7/22 唐・孟浩然 二首 一、「夏日に南亭にて辛大を懐う」五古 二、「建徳江に宿す」五言絶句 9/9 後蜀・花蕊夫人「国の滅ぶを述べる詩」

荘魯迅
7月1日読了時間: 2分


信念 リクエスト ロマン・ロマンはお好きですか? 風と雲のように
前回のライブでリクエストを受けた「信念」のショートをYouTubeにアップロードしました。よかったら、ぜひ下のURLをクリックしてご覧ください。 六月四日の早朝にWechatのチャンネルにもアップしたら、だいぶ賑わっておりました。 YouTubeの概要欄では、こう記しております。 1983年、荘魯迅が27歳。 中国全土をツアーする中で作ったもので、ロマン・ロランの理想主義に傾倒した青春が躍動していた、そんな曲である。 耐え難い寒さを忍んで、砂漠と群山を越えてゆく。 消えかかった足跡より、遙か遠い明日を尋ね求める。 久遠なる信念を懐いて、限りない孤独を越えてゆく。 過ぎ去りし温かい夢に、愛しい明日をとらえて。 懐着永恒的信念 他越過無邊的孤単 要在往日温馨的夢境裏 捕捉理想的明天 呵――理想主義者! 人生艱険 你却満腔是愛 你用今天的孤単 去換得永恒的明天 https://www.youtube.com/shorts/mEfvSUqJ3g4?feature=share (「信念」は、日本で発行したアルバム「風と雲のように」の中にも収録されて

荘魯迅
6月27日読了時間: 2分


美術館に敗れ、蕎麦に討たれ、獺祭に救われた一日
閉館、それとも閉眼? とある日のこと。 ――今日こそ上野に行こう。 目的地は東京都美術館。目当ては、20世紀アメリカ具象絵画を代表するアンドリュー・ワイエスの作品展である。 美術史にも多少は通じていると、ひそかに自負してきたわたくしにとって、これまで知らずにいた画家である。ならばこそ、なおさら見ておかねばなるまい。そんな妙な義務感まで胸に湧いてきた。 家麗とともに、嬉々として出かけた。 ところが、上野公園のエリアに入った途端、どうも様子がおかしい。人影が少なく、あたりが閑散としているのではないか。 なんと、その日は月曜日であった。 道理で文化施設が、一斉に沈黙しているわけである。 「なら、お昼にしましょう」 せめて美味しいもので失地回復を図ろうと思ったものの、時刻はちょうどランチとディナーの谷間。美味しそうな店は、ことごとく準備中であった。 そこで家麗の意見を聴いたのが、運命の分かれ道であった。 「そばでもいいんじゃない?」 その一言に従った結果、わたくしはついに、史上稀に見る蕎麦と対面することになった。 蕎麦はふにゃふにゃで、歯応えとか、芯とか

荘魯迅
6月14日読了時間: 5分


自己解放か自嘲? 地中海ブッフェ? ブッフェか食べ放題? 柳腰の行方 自己責任
連日は怒涛の如きスケジュールをこなしてきたゆえ、今日こそ自分を外の世界へと解き放とう! そう思いつつバスと電車で転々と台場へ向かう。 目的は非常に単純。とあるグランドホテルのガーデンダイニングで地中海ブッフェを食べることである。 ちょっと待ってよ。健康のために食べ放題はもうやめたのではないのかい? その通り。だがブッフェなら。 おいおい食べ放題とブッフェは同じことではないか? それもその通り(?)。でも言葉が違えば中身も違ってくる。とにかく上品なレストランなどではわざわざ「食べ放題」だなんて言わないものよ。みんなブッフェか、ビュッフェだと気取って言うわけ。 ちなみにブッフェはフランス語かな。京都弁や蘇州話と似て、本国や地元の人間はともかくとして、外来の人種にとっては気取らずには喋れないものだろう。さてこのわたくしも気取り屋😀。食べ放題をやめてもブッフェは決してやめぬ。しかしそう言えるのも、どうやら今日までじゃ。 その最大の理由は、高級ホテルのレストランであっても味はイマイチ。量があっても料理の真髄というものはない(わたくしの要求は過酷か⁉️

荘魯迅
6月1日読了時間: 2分


もう一度天の声を 参加者のコメント LIVEから一週間後の第二弾 李白と杜甫の講演会
会場へ向かう前に まずは前回に続き、ライブ参加者の皆様からのコメントをお読みください(「莊魯迅の一言」も一番下にあり)。 石井賢二様 思えば1998年の長江大水害支援が私にとって荘魯迅との出会い、そして2000年10月20日のあの「大河より来たりて」のコンサート成功のために多くの人が力を尽くしたことは言うまでもありません。あの熱気を長続きさせるために貴兄が果たした役割を高く評価して感想といたします。一緒に参加したギャラリーのメンバーたちも「よかったよかった」と喜んでいました。 三浦麻衣子様 久々にお会いできた皆様とともに先生の音楽、パフォーマンスを満喫したのみならず、カレン(カレイ)さんの素晴らしいお料理も数々ごちそうになり、魔法のようなひとときを過ごさせていただきました。 次回のライブを楽しみにするとともに、漢詩の会も水曜日に休みが取れる場合には水谷先生とお伺いしたいと思っております。 どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。 高崎泰明様 劉邦の大群に四面を囲まれた上、その敵陣から聞こえてきた楚歌を項羽はどんな気持ちで聞いていたのでしょうか?日

荘魯迅
5月26日読了時間: 3分


BUNKAKU 60 もう一度天の声を LIVE記録写真 参加者のコメント LIVE翌日の第一弾
箱田満輔様の写真↑とコメント↓ 今から、60年前(1966年)の5月16日。文化大革命が、勃発しました。魯迅少年10歳の時です。 その日に合わせて、2026年5月16日(土曜日)荘魯迅5月ライブが、北野文芸サロンにて開催されました。 悲劇と、犠牲者を偲び、短い説法の後、モンゴル民謡[牧歌]から、覚悟の歌[信念]を熱唱して、始まりました。 大河より来たりて[旅]・尽きない愛[エンドレスラブ]などなど8曲を共演して、遠方よりも、参集して下さった25名さまの懇親会・お酒有り、上海料理有りの、大宴会を致しました‼️ 水谷利津子先生のコメント↓ こちらこそ、楽しくも充実した、かけがえのない時間をご一緒出来て、とても嬉しかったです。 先生の更に進化した歌声と編曲に、気持ちも新たに帰って来ました! 遅くまでお邪魔して、失礼しました。 居心地の良さに、帰る時を忘れてしまいました💦 富士原幸雄様の写真↓ 青柳光明様の写真↑とコメント↓ お早うございます。まだ、夢の中💤🎠💤で、愛馬で草原を疾走していますか。ライブの構成は良かったですね。私も荘メロディーに乗り

荘魯迅
5月18日読了時間: 2分


新編「天の声」 天之聲 帰りなんいざ Voice of Heaven EDM
「聴き慣れてきた天の声がこんな形を迎えるとは!」 多くの方がそう思っておられるのではないでしょうか? 年をとるにつれ故郷への思念が増すばかり。 しかし帰るべきか、ここぞ立ちとどまるべきか、それともいったいわれらには帰るべきところなどあるものだろうかと…激動の時代にしたがって心中の迷いも深まる一方。 かくの如き理不尽な問いを抱えた吟遊者は今なおも悠々切々と歌っていられる? 否、彼は剽軽とも言うべきリズム台を叩き上げ、この迷いと問いを新たに歌い放ったのだ。 「天の声」— Voice of Heaven 帰りなんいざ。 この古き響きは、郷愁であると同時に、帰る場所を見失った心の問いでもあります。 新編本作は、漢詩の精神を底流に据えつつ、アップテンポのEDMとして再構成した曲です。軽やかなリズムの奥に、人生の歓と哀、そして内なる葛藤を織り込みました。 どうぞ最後までお聴きください↓ https://youtu.be/8Uy9xtOnf-Y もし何かを感じられましたら、ぜひともコメントをお寄せください。 ▼配信先:SoundOn /Spotify / Ap

荘魯迅
5月5日読了時間: 2分


拙講に関するお詫びとお知らせ
皆さんこんにちは。 再度、水曜の拙講に関するお詫びとお知らせをお送りいたします。 昨日はAさんのご指摘をいただき、課程をめぐる大変なミスを犯したことに気づきました。 講師にしてはあるまじき行為ゆえ、再三再四お詫び申し上げたく存じます。 幸いに早目のご指摘でしたので、ミスを正すことができました。Aさんに感謝いたします。 したがって明日は、四月期の課程通りに劉方平と岑参の作品を取り上げることになります。 劉方平は拙講では初登場になり、なかなか味わい深いものを持つ詩人なのです。 岑参はお馴染みの詩人ですが、 西域の辺塞、ただいま風雲急を告ぐ、 という意味においては、 人の世が存続する限り 彼の辺塞詩には色褪せたりしない価値があると、わたくしは思います。 (拙講のイメージ) ご都合がよければぜひご参加ください。 なおやむにやまれぬご事情により、HさんもKさんも当分出られないのが残念ですが、 一日も早いご復帰を祈ってやみません。 では明日、お気をつけてお越しください。 よろしくお願いいたします。 莊魯迅 頓首再拝 追伸:新たなご参加とご見学も随時、受け付け

荘魯迅
4月21日読了時間: 1分


オルバンの終焉
2026.5.16 莊魯迅LIVE もう一度、天の声を! 今朝のニュースで知ったことだが、ハンガリーのオルバンが総選挙で敗北し、親EUの新興野党「ティサ」が確実に勝利したと 。 ティサの内実はまだわからないものの、オルバンは何者ぞ⁉️ 国内経済の不振やトランプから支持されたこと(両問題を混同させたのは字幅を減らすため)はさておき、ロシアのウクライナ侵攻後もプーチンに傾倒するとは不届き千万。 確かにこれまでのEUにも問題が多かった。しかし米露に寄らず、自らの道を歩み出そうとする今こそ正念場ではないだろうか? 混迷、分断が深まる世界において、ハンガリーの政権交代を「欧州の覚醒」とでも期待したいところである。 久しぶりに閑暇あれば家の近くを散歩した、やまやにシェリーとワインを買いに行くために。シェリーはスペイン産の一択のみであるが、白ワインは今日、家麗の提案に従いウクライナの一本を選んだ。味がいかがなものかは別問題であるが…😀 飲みに来てね🌹漢詩を詠み、歌を聴きながら…

荘魯迅
4月13日読了時間: 1分


葡萄風信子こそムスカリ! 感謝
昨日の記事ですが、わたくしが花の名について「 風信子=ムスカリ 」と書きましたら、ある方から「 風信子は ヒヤシンスで、葡萄 風信子こそムスカリですよ 」というご指摘をいただきました。 調べてみるとまことに仰る通りでした。したがってここに、その方に真摯なる謝意を申し上げたいと思います。これからもご交誼を賜るようよろしくお願いいたします。 WeChatにも中国語で同じメッセージをお送りいたしました。 ありがとうございました! 葡萄 風信子(ムスカリ)↑と風信子(ヒヤシンス)↓の違い

荘魯迅
4月9日読了時間: 1分


漢詩学習のお知らせ 及び 庭の花たち:鬱金香=チューリップ 風信子=ムスカリ 艾莉格隆(春飛蓬?)=エリゲロン 燈塔杜鵑=灯台躑躅
明日から、「漢詩を原典で学ぶ」4月期の講義が始まります。 スケジュールと内容を掲載しておきます。 ご関心があればぜひご参加ください。 いつかの板書↑ 歴史をふまえ漢詩の名作を味読し、また作品を通して中国の真実に迫る。 小さな庭ですが、少しずつ賑わってきました。うれしい季節です。 花の名が全部おわかりならコメントでお教えください。お願いします。チューリップ、ムスカリ、エリゲロン、灯台躑躅は知っていますが、ムスカリに混じる白い花や階段に咲くピンクの小花は忘れてしまいました。前者はどこかから飛んできたものでしょうが、後者は自分の手で三年前に植えましたのに……

荘魯迅
4月7日読了時間: 1分
