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王翰 涼州詞 呉音吟唱 浩然たる正気 諦念 など

更新日:2021年11月28日

少しずつ冷えてきましたね。

いかがお過ごしでしょうか?


呉音吟唱「涼州詞・葡萄美酒 夜光の杯」をYouTubeにアップしましたが、ご覧になられましたでしょうか?


わたくしの呉音と言えば、いわゆる中国語の標準語(普通話)とは大きく違い、上海や蘇州一帯の方言を元にしながらわたくしが漢の「反切」法を用いて割り出した発音になります。


一方の吟唱は、一つの調べにすべての七言絶句を嵌め込んで歌えるという意味では日本の詩吟と似ていますが、その調べが放つ情の波は完全に異なります。


わたくしが理解する詩吟は、「浩然たる正気を養う」ための行為で、言ってみれば進取的なのです。

反して吟唱の節はそもそも中国江南より出で、やはり水郷の縹渺たる煙波に覆われながら哀愁に浸り諦念的に思われます。


わたくしはそんな吟唱を多声部の重唱に仕上げ、諦念に悲愴の情を注ぎ込みました。




王翰の「涼州詞」について、中国では「生死を度外視(どがいし)した兵士の豪語」と解する学者が多い。しかしわたくしは、結句の強い問いにこめられた厭戦の叫びに耳を傾けずにはいられない。「古来」とは、上古から唐までの永い時を指す。時が流れても、民族間の血みどろな紛争は一向にやもうとしない。上古から今日、今日から明日に至るまで、果たしてどれほどの命が戦に奪われなければならないというのだろうか。王翰が「涼州詞」で訴えようとしたのは、明日をも知れぬ兵士と、絶えざる民族紛争に苦しむ人々が抱えた共通の悲哀にほかならないのである。


最後はお知らせです。今夜19:45予約放送、三国志漫談第七話です。ぜひともご覧いただきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。



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