美術館に敗れ、蕎麦に討たれ、獺祭に救われた一日
- 荘魯迅

- 6月14日
- 読了時間: 5分

閉館、それとも閉眼?
とある日のこと。
――今日こそ上野に行こう。
目的地は東京都美術館。目当ては、20世紀アメリカ具象絵画を代表するアンドリュー・ワイエスの作品展である。
美術史にも多少は通じていると、ひそかに自負してきたわたくしにとって、これまで知らずにいた画家である。ならばこそ、なおさら見ておかねばなるまい。そんな妙な義務感まで胸に湧いてきた。
家麗とともに、嬉々として出かけた。
ところが、上野公園のエリアに入った途端、どうも様子がおかしい。人影が少なく、あたりが閑散としているのではないか。
なんと、その日は月曜日であった。
道理で文化施設が、一斉に沈黙しているわけである。
「なら、お昼にしましょう」
せめて美味しいもので失地回復を図ろうと思ったものの、時刻はちょうどランチとディナーの谷間。美味しそうな店は、ことごとく準備中であった。
そこで家麗の意見を聴いたのが、運命の分かれ道であった。
「そばでもいいんじゃない?」
その一言に従った結果、わたくしはついに、史上稀に見る蕎麦と対面することになった。
蕎麦はふにゃふにゃで、歯応えとか、芯とか、香りとか、そういう蕎麦に求められるはずの美徳は、はるか彼方の理想郷に旅立ってしまっていた。
しかも「真牡蠣」を謳っているではないか。多少は期待した。
ところが蓋を開けてみると、小さな何かが三つほど、すでに生涯を終えたような姿で、焦げ茶色のつゆの底に沈んでいた。
期待は、一瞬にして木っ端微塵となった。
隣で家麗は、
「そば、ほんの少ししかないわね」
と不満げに言う。
わたくしは、思わず答えた。
「少なくて助かった」
その後、ふらりとアメ横を散策したものの、蕎麦屋のあまりにも濃厚な後味は、なおも口中に居座っていた。これを消し去るべく、松坂屋上野店の四階にある銀座トリコロールに入り、コーヒーとアップルパイを頼んだ。
そこでようやく、生き返った気がした。
ひそかに思った。
――家麗には、もう「何が食べたい?」とは訊くまい。出かけたときは、あくまでも食通を自任するわたくしが決める。そういうことにしようぞ。
そう力んではみたものの、果たして自分に本当にそれができるのか、いささか心もとない。
そこで、いっそ正直に家麗へ打ち明けてみた。
すると彼女は、
「そうした方がいいわよ」
と、大笑いしたのであった。
幸い、帰り道のとあるストアで、ピカピカの生シラスを手に入れることができた。
これで帰宅後、シャワーを浴び、よく冷やした獺祭を飲みながら、ようやく少しばかりのくつろぎを得たわけである。
美を求めて出かけた。
夢は潰えた。
しかし、獺祭と生シラスによって、心は静かに救済された。
余は満足じゃ。
――ではなく、余は大俗物じゃ。
千年後、目利きの評論家はこう言うのであろう。
「彼は永遠の美を代償に、瞬間的な快楽を手に入れたのだった」
ワイエス展は七月五日まで開催中。
次こそは、月曜でない日に行こうぞ。
美術館敗北,遭蕎麥麵擊沈,却被獺祭拯救的一天
某日。
——今天無論如何都要去上野。
目的地是東京都美術館。要看的,是代表二十世紀美國具象繪畫的安德魯・魏斯作品展。
自認對美術史也多少有所涉獵的我,竟然至今不識此畫家。既然他都來了,能不去看麼? 心中甚至湧起了一種莫名其妙的使命感。
於是,我與家麗興沖沖地出了門。
然而,一走進上野公園一帶,便覺得情況有些不對。人影稀疏,四周莫名地冷清。
竟然,那天是星期一!
難怪所有文化設施都集體沉默了。
「那就去吃午飯吧。」
我心想,至少用美食挽回一點損失。誰知時間偏偏卡在午餐與晚餐之間,看起來好吃的店,無一例外都在準備中。
此時,聽取家麗的意見,便成了命運的分水嶺。
「吃蕎麥麵也可以吧?」
就因為這一句話,我終於與史上罕見的蕎麥麵狹路相逢。
那蕎麥麵軟趴趴的,所謂嚼勁、麵心、香氣,凡是蕎麥麵理應具備的美德,似乎都早已遠赴天國。
而且店家還標榜「真牡蠣」。我多少抱了一點期待。
誰知一掀開蓋子,只見三個小小的不明物體,宛如千辛萬苦已經走完了一生似的,靜靜沉在焦褐色的湯底裡。
期待,瞬間粉身碎骨。
坐在一旁的家麗不滿地說:
「蕎麥麵也太少了吧。」
我忍不住回了一句:
「少一點,反而救了我。」
之後,我們在阿美橫丁一帶隨意散步。然而,那家蕎麥麵店過於沉重的餘味,依然頑固地盤踞在口中。為了將其驅逐出境,我們走進松坂屋上野店四樓的銀座 Tricolore,點了咖啡與蘋果派。
直到此時,我才覺得自己終於復活了。
我暗自下定決心。
——今後再也不問家麗「想吃什麼」了。只要外出用餐,就由自認食通的我來決定。就這麼辦!
雖然心中如此逞強,但我也不能不懷疑,自己是否真的做得到。
於是,乾脆把這個念頭坦白告訴了家麗。
沒想到她大笑著說:
「你早就該這麼做了哈哈哈。」
所幸,回程途中,我們在某家商店買到了閃閃發亮的新鮮生吻仔魚。
於是回家之後,沖了個澡,再喝上一杯冰得恰到好處的獺祭,總算獲得了片刻的靈魂安寧。
原本是為了追求美而出門。
不料夢想破滅,照理應該文縐縐地說「乘興而去敗興而歸也」;
然而因為獺祭與生吻仔魚,我的心却獲得了奇妙的救贖。
我開始懷疑:
——吾,豈非大俗物乎?
千年之後,慧眼獨具的評論家想必會如此評曰:
「他以永恆之美為代價,換取了瞬間的快樂。」
魏斯展的展期至七月五日。
下次,一定要選個不是星期一的日子再去哦。
















それでも有意義でした☺️