サッカーを見て、荘子も老子も泣いた――わたくしのワールドカップ観戦乱談
- 荘魯迅

- 1 時間前
- 読了時間: 10分

今回のワールドカップは、初めから全試合を見るつもりだったわけではない。
注目の試合をいくつか眺めれば、それで十分だと思っていた。
ところが、ひとたび見始めると止まらない。笛の音に一喜一憂し、机を叩き、ため息をつき、時には朝の六時半に自然と目を覚ます。試合を見ながら、WeChatに生中継さながらの雑談を殴り書きしているうちに、いつしか紙面ならぬ画面は、汗と涙(?)と感嘆符、そして根拠の乏しい予想で埋め尽くされていた。
その予想のいくつかが後日、文字どおり根拠のないものであったことは言うまでもない。
大会の序盤、メッシが得点したあと、胸の前で十字を切った。
栄光の瞬間にも、敬意と感謝を忘れない。その姿が心に残った。観客席では、美しい妻と子どもたちが抱き合って跳びはねていた。
サッカーが人を感動させるのは、ゴールそのものだけではない。ゴールのあと、選手がその栄誉を、運命や信仰や家族へと静かに返す。その一瞬にも、人の心を動かすものがある。
日本対ブラジル戦では、希望から失意までを一試合のうちに味わった。
前半、日本は一対〇でリードした。
ブラジルは技術に長け、日本は戦術に長ける。双方のサポーターは、一方が喜び、一方が悲しむ。最後に笑うのは、果たしてどちらか。
残念ながら、日本は一対二で敗れた。
しかし試合後、選手たちが流した涙と、敵の選手が差し伸べた慰めの手は、得点以上に長く記憶に残るはず。
わたくしは思わず書いた。
「男たちの涙。敵将の励まし。なんと感動的であろう。荘子も老子も泣いた……」
ここでいう荘子は、半分は古代の賢人であり、残る半分は、もちろんわたくし自身である。老子がなぜ泣いたのかについては、これも明かずにしておいた方がよかろう😅。

ノルウェー対コートジボワール戦は、今大会で初めて、わたくしを本格的に熱狂させた一戦であった。
ハーランドが決勝点を決め、VIP席で観戦していた父親が涙を流す。わたくしは「これまでで最も面白い試合だ」と断言した。
ただし、直後に「個人的見解?」と疑問符をつけておいた。
あとで意見を変えるための、ささやかな逃げ道である。
数日後、ノルウェーはブラジルと対戦した。
前半は〇対〇。ブラジルはPKまで失敗した。後半にはネイマールが登場し、流れは一時ブラジルに傾いたが、ハーランドが二得点。ノルウェーが二対一で勝利した。
わたくしはヴァイキング軍団に喝采を送りながら、十年前、オスロで過ごした美しい日々を思い出していた。
サッカーは、時に鍵となる。一つのゴールが、遠い町や道や歳月の扉を、突然ひらくのである。
ポルトガルとスペインが相まみえた日、わたくしは明確にポルトガルを応援した。
理由は戦術でも、選手の配置でもない。
Fernandoという名の義弟がいるからである。
残念ながら、C・ロナウドは最後まで得点できず、ポルトガルは〇対一で敗退した。わたくしは立ち上がって拍手し、一代の巨星を見送った。
英雄は、いつもゴールとともに退場できるとは限らない。ただそこに立っているだけで、わたくしたちが生きてきた一つの時代を象徴するものだ。

スイス対コロンビア戦は、堅い盾と鋭い矛との対決だった。
延長戦を経て、運命はPK戦へ託された。最後に勝ったのはスイスであり、コロンビアの鋭い攻撃は堅守の前に砕けた。
試合を見終えて思ったことは、ただ一つであった。
緑の戦場を駆け抜けた勇士たちに、感謝したい。
スペイン対ベルギー戦では、わたくしがようやく中継に接続した時、すでに前半が終わり、一対一であった。
わたくしは、ベルギーが同点のままPK戦へ持ち込み、最後には勝利すると予測した。
しかし、サッカー場で最も確かなことは、「何が起こるか分からない」ということらしい。
ベルギーのゴールキーパーが突然負傷し、十分なウォーミングアップもしていない若い選手が急遽出場した。ゴール前の秩序は崩れ、さらにスペインが終盤に投入した危険人物が、二分も経たぬうちに得点した。
この選手は、その前にはC・ロナウドの夢を打ち砕き、今度はベルギーを送り返した。
試合終了間際に出てくる選手というものは、どうやら友好親善のために登場するのではないらしい。
わたくしはヨーロッパのサッカーが好きである。
速度、力、技術が真正面からぶつかり合う。余計な小細工をせず、堂々と戦う。その剛健な競技性が、わたくしの心を熱くする。
したがって、イングランド対ノルウェーは、今大会で最も待ち望んだ一戦となった。
ケイン対ハーランド。イングランド対ヴァイキング。
両雄並び立たず、二頭の虎が争えば、必ず一頭は傷つく。それが惜しくもあり、だからこそ目を離せなかった。
当日の気温は三十三度。
イングランドが大軍をもって押し寄せ、ノルウェーは守りを固めて好機をうかがう。前半は一対一。延長戦に入ってイングランドが二対一とリードし、やがてハーランドがピッチを退いた。
ヴァイキングの旋風は、ここに幕を閉じた。
イングランドが準決勝へ進んだ。しかし、これほど見応えのある試合では、どちらかが去らなければならないこと自体が惜しい。
わたくしは両軍に拍手を送った。
スペイン対フランス戦は、予想外の大差となった。
スペインが二対〇で勝利し、無敵艦隊はナポレオン軍団をほとんど全面的に制圧した。今大会屈指の超スター、エムバペにも、力を発揮する余地がほとんどなかった。
十九歳のヤマルに屈したエムバペを見て、わたくしは勢いに任せて書いた。
「エムバペには、コルシカ島へお帰りいただくほかない」
地理的には多少の問題を含むが、感情としてはおおむね正確であった。
そのあと、わたくしは「最も根拠がなく、最も当てにならない予想」を発表した。
イングランドが二対一でアルゼンチンを破り、スペインと決勝を戦うであろう、と。
翌日、イングランドは確かに先制点を入れた。
ただし、その後アルゼンチンに二点を入れられた。
イングランドは先制後、あまりに早く守勢に入った。自ら活力を失い、自分で深い穴を掘り、そこへ自動的に飛び込んだような試合である。
反対にアルゼンチンは、先に一点を失ったことで背水の陣となり、二対一で逆転した。
観客席のRolling Stones、Mick Jaggerも、肩を落として帰るほかなかった。
ハーランドはイングランドに敗れたあと、イングランドの優勝を願う言葉を寄せていた。ところが、そのイングランドがたちまち「扶け起こすことのできない阿斗」と化してしまった。
わたくしは腹立ちまぎれに、こう書いた。
「あばよ、イングランド!」
日本語で書いたが、わたくしの落胆は英国の人々にも十分伝わったことであろう。
三位決定戦のイングランド対フランスについては、前夜、「見なくてもよい」と呟いていた。
ところが当日の朝、六時半に自動的に目が覚めた。
目が覚めた以上、やはり見るしかない。
眠い目をこすって画面を見ると、イングランドはすでに二対〇でリードしていた。その後も立て続けに二点を加え、ガリアの軍勢を、まるで瓜でも切るように粉砕した。
しかも、その時点ではケインもベリンガムも出場していなかった。
主将なき軍勢が、かえって自由に戦い、それぞれの力を解き放ったのである。
フランスは前半だけで四失点。マジノ線は全面崩壊した。
後半、イングランドがやや緩み始めたところで、ベリンガムが登場し、流れを引き締めた。サカはハットトリックを達成し、この試合最大の功労者となった。

あとで知ったことだが、そのPKは本来ベリンガムが蹴ることもできた。しかし彼は、サカにハットトリックを達成させるため、あえてボールを譲ったという。
わたくしは、こうした小さな物語に弱い。
競技場では、誰もが勝利を争う。しかし真に強い者は、時として、自分の光を友のために譲ることができる。
試合終了直前には、ベリンガム自身が、この試合で最も美しい一球を決めた。
勝敗を左右するゴールではなかった。だが、それは力強い結びの一句のように、イングランドが失いかけていた誇りを取り戻した。
そして、ついに決勝戦。
スペイン対アルゼンチンである。
ところが、よりによって決勝の日に限って、わたくしは寝坊した。
前半三十分のところで起こされた。ここまで数多くの試合を見てきながら、最後の一戦に遅刻する。これもまた人生であろう。
わたくしはすぐに座り直し、心に誓った。
もう瞬きもしないぞ。
ハーフタイムショーにはMadonnaが登場した。
彼女の傍らに、ずいぶん貫禄のある二人の男性がいる。よく見れば、かつて世界を沸かせたブラジルの名選手たちであった。
その華やかな舞台を眺めながら、わたくしは一九八四年のロサンゼルス・オリンピック閉会式を思い出した。
八十四台のピアノが一斉に鳴り響き、Lionel Richieが〈All Night Long〉を歌った。あの日の輝きは今も目に浮かぶが、時の流れを思えば、まるで別世界の出来事である。
後半、両軍の衝突は次第に激しさを増した。
それでも〇対〇。アルゼンチンは大幅に選手を入れ替え、やがて一人がレッドカードで退場となった。十人対十一人である。
南米のサッカーは、時に豪放である。
審判がイエローカードを出さない限り、反則も個人技の一種に数えられているのではないか、と疑いたくなる。
延長戦に入ると、アルゼンチンは明らかにPK戦を狙い、時間を使い始めた。十人対十一人という致命的な不利を、PK戦によって帳消しにしようというのである。
しかし、ついにスペインが均衡を破った。
フェラン・トーレスが決勝点を決めた。
メッシが放った、この試合で唯一と言ってよいほど鋭いシュートは、スペインの6番の顔面を直撃した。危うく脳震盪を起こさせるところであった。
おそらく、メッシが思い描いていたアシストとは、いささか違ったであろう。
スペインは前回王者アルゼンチンを破り、二度目のワールドカップ優勝を成し遂げた。
大会を通じて見れば、スペインは攻守ともに最も均衡が取れ、状態も安定していた。優勝は、まさしく実力にふさわしい結果であった。
無敵艦隊は数々の波を越え、ついに黄金の杯を母港へ持ち帰ったのである。
そして、わたくしもようやく、少し眠ることができる。
わたくしは激しい競技が好きである。
ボクシング、UFC、そしてサッカー。双方が全力を尽くし、正面から戦う試合を見れば、心は否応なく奮い立つ。
しかし、この一か月を振り返って、最後に残るものは勝敗だけではなかった。
メッシが胸の前で切った十字。
ハーランドの父が観客席で流した涙。
敗れた日本の選手たちと、彼らを励ました対戦相手。
そして、ベリンガムがサカに譲った一つのPK。
さらには、敗者が退場していくときに見せた、尊厳ある後ろ姿。
選手たちは自らを燃やし、わたくしたちに、数え切れないほどの歓声と感動の時間を与えてくれた。
勝者が拍手を受けるのは当然である。
しかし敗者もまた、同じように敬意を受けるに値する。
最後の一秒まで戦う敗者がいなければ、これほど輝かしい勝利も存在しないからである。
さて、最後にもう一度、言っておきたい。
わたくしが選ぶ今大会の最も格好よい二人のスターは、イングランドのジュード・ベリンガムと、その盟友であるノルウェーのアーリング・ハーランドである。
ここでいう「格好よい」には、もちろん容姿も含まれる。
わたくしは、容姿をまったく顧みないほど高潔な人間ではない。
しかし、外見以上に心を惹かれたのは、二人の間にある、純真で屈託のない友情であった。
さまざまな映像で紹介された、互いを励まし、互いを気遣う姿に、わたくしは深く心を動かされた。
誰もが競争を求められ、勝つこと、第一になることを迫られる世界にあって、友の成功を心から喜び、自らが敗れたあとにも相手の勝利を願う。
それもまた、競技場で得られる、もう一つの貴重な勝利なのではないか。
ベリンガムとハーランドに、拍手を送りたい。
そして、緑の戦場に立ち、わたくしたちに喜びと燃焼の時間を与えてくれた、世界各国の勇士たちにも。
ありがとう。
拍手は勝者に。
そして敬意は、最後まで戦ったすべての者に。

すべては愛のため!
熱いサポーターたち、どこの国かはもうどうでもよい!

















































































コメント